本ページでは、積 (product) と 余積 (coproduct) の概念を導入する。 積と余積は、圏における極限と双対性の最も基本的な例の一つである。
積
定義 (積)
$\mathbf{C}$ を圏とする。$\mathbf{C}$ の対象 $A \times B$ と 射 $\pi_{1}: A \times B \to A$、$\pi_{2}: A \times B \to B$ の三つ組が $A$ と $B$ の 積 (product) であるのは、これが以下の性質を満たすときである:
- [積の普遍性] $\mathbf{C}$ の任意の対象 $X$ および射 $x_{1}: X \to A$、$x_{2}: X \to B$ に対して、以下の図式を可換にする(すなわち、$x_{1} = \pi_{1}u$ かつ $x_{2} = \pi_{2}u$ となる)射$u : X \to A \times B$ がただ一つ存在する。
命題
任意の圏 $\mathbf{C}$ において、積は存在すれば同型を除いて一意である。
つまり、$A$ と $B$ の積が複数存在するならば、それらは同型である(同型射が存在する)という点で、ある意味一意的であると見做せるというのである。
$P$、$p_{1}: P \to A$、$p_{2}: P \to B$ と、$Q$、$q_{1}: Q \to A$、$q_{2}: Q \to B$ はともに $A$ と $B$ の積であるとする。
このとき、 $P$ の積の普遍性から、射 $u : Q \to P$ が存在して $q_{1} = p_{1}u$、$q_{2} = p_{2}u$ である。 同様に、$Q$ の積の普遍性から、射 $v : P \to Q$ が存在して $p_{1} = q_{1}v$、$p_{2} = q_{2}v$ である。
われわれは $u$ と $v$ が同型射であることを示せばよい。まず、$u$ と $v$ の性質から
が成り立つ。 $u$ と $v$ の定義から、 $uv$ は $P$、$p_{1}$、$p_{2}$、$Q$、$q_{1}$、$q_{2}$ に対してこの等式を満たすただ一つの射である。 一方で、$\mathrm{id}_{P}$ も $p_{1} = p_{1} \circ \mathrm{id}_{P}$ および $p_{2} = p_{2} \circ \mathrm{id}_{P}$ を満たすが、$uv$ の一意性によりこのような射はただ一つしか存在しないため、$uv = \mathrm{id}_{P}$ となる。
同様にして、$vu = \mathrm{id}_{Q}$ であるため、$u$ と $v$ は同型射、すなわち、$P \cong Q$ である。 $\Box$
例 ($\mathbf{Set}$における積)
(1) 圏 $\mathbf{Set}$ において、通常の集合のデカルト積
は圏論的な意味でも積である:
デカルト積 $A \times B$ から集合 $A, B$ には、標準射影 (projection)
が存在し、また集合 $X$ および写像 $f : X \to A, g : X \to B$ が存在するならば、$u : X \to A \times B$ を
とすれば、任意の $x \in X$ に対して $f(x) = \pi_{1}(u(x))$ かつ $g(x) = \pi_{2}(u(x))$ である。 このような写像は $u$ 以外には存在しない。(そのような写像がもし $u$ 以外に存在するなら、それは $u$ と外延的に異なる $X$ から $A \times B$ への写像を考えることと等しい。) ゆえに $u$ は一意である。 $\Box$
(2) たとえば、以下のように非標準的に定義された直積
および射影
もまた圏論的な意味では積である。このとき、$f : A \times B \to A * B$ を
とすれば、$f$ は全単射であり、ゆえに $A \times B \cong A * B$ である。 $\Box$
余積
定義 (余積)
$\mathbf{C}$ を圏とする。$\mathbf{C}$ の対象 $A + B$ と 射 $\iota_{1}: A \to A + B$、$\iota_{2}: B \to A + B$ の三つ組が $A$ と $B$ の 余積 (coproduct) であるのは、これが以下の性質を満たすときである:
- [余積の普遍性] $\mathbf{C}$ の任意の対象 $X$ および射 $x_{1}: A \to X$、$x_{2}: B \to X$ に対して、以下の図式を可換にする(すなわち、$x_{1} = u \iota_{1}$ かつ $x_{2} = u \iota_{2}$ となる)射$u : A + B \to X$ がただ一つ存在する。
積の場合と同様に、余積の場合も以下が成り立つ。
命題
任意の圏 $\mathbf{C}$ において、余積は存在すれば同型を除いて一意である。
例 ($\mathbf{Set}$における余積)
(1) 圏 $\mathbf{Set}$ において、集合の非交和 (disjoint union)
は圏論的な意味での余積である:
この場合、集合 $A, B$ から 非交和 $A \sqcup B$ への入射は
であり、また集合 $X$ に対して $f : A \to X, g : B \to X$ が存在するならば、$u : A \sqcup B \to X$ を
とすれば、任意の $a \in A$ に対して $f(a) = u(\iota_{1}(a))$、かつ任意の $b \in B$ に対して $g(b) = u(\iota_{2}(b))$ である。 $\Box$
参考文献
- [1] Steve Awodey, 2010. Category Theory. Second Edition. Oxford University Press.